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| 名称 | 武州足立郡丸ヶ崎村色絵図覚 |
| 時期 | 享保2年(1717) |
解説
江戸時代の足立郡丸ケ崎村は、現在の見沼区大字丸ケ崎、丸ヶ崎町、東大宮六丁目、春野付近にあたります。一つの村が複数の領主に支配されている「相給村」で、絵図では村内のどの家がどの領主に属しているかを色分けで示しています。家の所属は入り組んでおり、領主がどの家を支配しているかを把握するときには、こうした絵図による説明がわかりやすかったのでしょう。
また、沼や川、道、畑、田、馬草場などの土地利用も色で区別されています。下側(南側)には溜井がありますが、この絵図がつくられてから11年後、享保13年(1728)に見沼代用水が完成すると、この溜井も干拓されて新田になっています。
隣の村へと続く道には「瓦吹村道」「堀崎村道」「嶋村道」「深作村道」「馬込村道」など行先が書かれているほか、右端(東側)の「おがのら道」は、深作村の小字「岡野落(おかのら)」へ続く道であることを示しています。
